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東京高等裁判所 平成3年(ネ)3433号 判決 1992年6月23日

平成三年(ネ)第三三一九号事件被控訴人・同第三四三三号事件控訴人(以下「第一審原告」という。)

甲野一郎

平成三年(ネ)第三三一九号事件被控訴人・同第三四三三号事件控訴人(以下「第一審原告」という。)

乙川二郎

右両名訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

石崎和彦

山本英司

羽倉佐知子

平成三年(ネ)第三三一九号事件控訴人・同第三四三三号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

安部誠

外三名

平成三年(ネ)第三四三三号被控訴人(以下「第一審被告」という。)

丙沢三郎

右訴訟代理人弁護士

山下卯吉

福田恆二

金井正人

主文

一  第一審原告らの控訴に基づき、原判決中第一審被告東京都に関する部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告東京都は、第一審原告甲野一郎に対し金三五万円、第一審原告乙川二郎に対し金三五万一〇〇〇円及びこれらに対する昭和六〇年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告らの第一審被告東京都に対するその余の請求を棄却する。

二  第一審原告らの第一審被告丙沢三郎に対する控訴を棄却する。

三  第一審被告東京都の控訴を棄却する。

四  訴訟費用中、第一審原告らと第一審被告東京都との間に生じた分は、第一、二審を通じて四分し、その一を第一審原告らの、その余を第一審被告東京都の負担とし、第一審原告らと第一審被告丙沢三郎との間に生じた控訴費用は第一審原告らの負担とする。

五  この判決は、一1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告ら

1  原判決を次のとおり変更する。

第一審被告らは、第一審原告らそれぞれに対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を連帯して支払え。

2  第一審被告東京都の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

4  1項につき仮執行宣言

二  第一審被告東京都

1  原判決中、第一審被告東京都敗訴の部分を取り消す。

2  第一審原告らの第一審被告東京都に対する請求を棄却する。

3  第一審原告らの控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

三  第一審被告丙沢

1  第一審原告らの控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

以下に記載するほかは、原判決事実欄の第二当事者の主張(原判決三枚目表四行目から同一五枚目裏四行目まで)に記載のとおりである。

1  原判決五枚目裏二行目の「鈴木」を「中央署警備課巡査鈴木守(以下「鈴木」という。)と改める。

2  同九枚目表二行目の次に改行のうえ以下を加える。

「第一審原告乙川は、右のとおり第一審被告丙沢ら警察官の違法行為によりベルトを壊され、その損害を被った。その時価は二〇〇〇円を下らない。また、右警察官らに連行される過程で手帳を取り上げられ、解放時にも手帳にはさんであった住所録のみは返還されず、これにより同原告のプライバシーが侵害されたところ、その慰謝料額は一〇万円が相当である。」

3  同九枚目表六、七行目の「二二〇万円」の次に「(第一審原告乙川については右損害合計二三〇万円二〇〇〇円の内金として)」を加える。

第三  証拠関係<省略>

理由

一事実関係について

以下に記載するほかは、原判決理由欄の一事件の経過(原判決一五枚目裏一〇行目から同二七枚目表一一行目まで)に記載のとおりである。

1  原判決一六枚目裏七行目の「第九号証、」の次に「当審証人山本英司の証言により第一審原告乙川が昭和六〇年六月一六日に着用していたベルトと認められる検甲第一号証、」を加え、同八行目の「及び同張替寿彦」を「、同張替寿彦及び当審証人山本英司」と改める。

2  同一七枚目表二、三行目の「事犯が頻発していたことから、同月一六日、右事犯の警戒取締りのため、」を「事犯の警戒取締りに当たるため、同月一六日(日曜日)」と、同七行目の「原告甲野が周囲を警戒するかのような素振りをする一方で原告乙川が」を「第一審原告ら二名が」とそれぞれ改め、同九行目末尾の次に「なお、本件駐車場の塀には、右と同種の選挙関係ポスターが数種類十数枚程度貼られていた。」を加える。

3  同一七枚目裏七行目の「相互に周囲を警戒するようにしながら」を削る。

4  同一九枚目裏二行目の「これに応じた」を「これに応じて別紙図面F地点に自転車を停めたうえA地点に引き返した」と改める。

5  同二〇枚目表六行目の「排除した。」を「排除しようとした。」と改め、同九行目の「その後も、」から同裏三行目末尾までを削る。

6  同二一枚目表一〇行目末尾の次に「この間、A地点付近において、第一審原告乙川が歩車道間のガードレール上に腰をかけてあくびをしながら対応したり、張替が笑顔で船田と言葉を交わすなどの光景をみられた(甲第二号証の八参照)。」を加える。

7  同二一枚目裏九行目の「判断し、」の次に「現場到着後数分くらい経過した」を加える。

8  同二三枚目表三行目末尾の次に「なお、第一審原告乙川の右ベルトは、警察官の右行為によりベルト本体と留金部分とのつなぎ目あたりがほとんど切れ、留金部分がはずれそうな状態になった(検甲第一号証参照)。」を加える。

9  同二四枚目表五行目の「警察官」を「中澤ら」と、同七行目の「制服警察官は、一人」を「制服警察官二名も加わり、その一人」と、同九行目の「寝かすようにして」を「寝かすようにするなどして四人がかりで同原告を」とそれぞれ改め、同一一行目末尾の次に改行のうえ「なお、中央署警察官の一人は、現場を引き揚げる際、第一審原告らが本件駐車場の塀に貼ったポスターを持ち帰った。」を加える。

10  同二四枚目裏二行目の「案内し」を「連れて行き」と改め、同二五枚目表三行目末尾の次に「その際、第一審原告乙川は、前記手帳及びポスターの返還を受けた。」を加える。

11  同二五枚目裏九行目の「さらに、」の次に「第一審原告らを中央署に連行した際に同署警察官の一人が現場からポスターを持ち帰り、また、」を加え、同一〇行目の「とおりであるが、同メモ」を「とおりであるが、ポスター持帰りの状況等についてはそれ以上のことが明らかではなく、右事実をもって現行犯逮捕に伴う証拠の押収とみることはできず、また、右メモ」と改める。

12  同二六枚目表四行目から同裏四行目までを削り、同裏五行目の「原告」の次に「ら」を、同二七枚目表三行目末尾の次に「原審証人中澤義是の証言及び原審における第一審被告丙沢本人の供述によれば、第一審原告らに対する職務質問及び任意同行の状況については、第一審原告らの支援者が撮影した写真(甲第二号証の一ないし二四)のほかに、中央署警察官長島某によって写真撮影が行われていることが認められるが、右第一審被告らの主張に沿う写真は本件証拠として提出されていないのである。」をそれぞれ加える。

13  同二七枚目表一一行目の次に改行のうえ「なお、原審証人中澤義是及び同船田正仁の各証言並びに原審における第一審被告丙沢本人の供述中には、任意同行の当初の段階において、中澤と横尾が第一審原告乙川に対し、小野谷と船田が第一審原告甲野に対しそれぞれ腕に手をかけてイ地点の車両のところまで同行を求めたところ、第一審原告乙川が支援者に向かって前記手帳等を投げようとしたので、中澤がこれを制止しようとしたが、これを見た第一審原告甲野が急に中澤と横尾につかみかかろうとしたため、中澤と小野谷とがこれを取り押えた旨の供述があるけれども、そのような状況を撮影した写真は提出されておらず、客観的裏付けが十分でないので、直ちに採用することができない。」を加える。

二警察官の行為の違法性

1  現行犯逮捕の存在について

第一審原告らは、中澤らが第一審原告らを現行犯逮捕したことを前提として、その違法を主張するが、かかる逮捕行為の存在を認め難いことは前記のとおりであるから、右主張は採用できない。

2  職務質問の違法性について

警職法二条一項は、「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。」と定める。第一審被告らは、職務質問開始時において、第一審原告らに軽犯罪法一条三三号違反(「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をした者」)の疑いがあった旨主張し、原審証人中澤義是の証言中には、第一審原告らが周囲を警戒する素振りをしながらポスターを貼っていたとの部分がある。しかしながら、前記認定事実に、<書証番号略>を総合すると、当時、第一審原告らが本件駐車場の塀にポスターを貼るについてはあらかじめ古澤の承諾を得ており、同原告らもこれを知っていたことが認められるのであり、本件駐車場の塀には他にも同種のポスターが多数貼られていたことなどに照らすと、第一審原告らがことさら周囲を警戒しながらポスター貼りをしなければならないような事情ないし理由があったとは認め難く、右供述はたやすく採用できない。したがって、他に的確な証拠のない本件においては、中澤ら警察官が第一審原告らに軽犯罪法一条三三号違反の疑いがあると判断したことについて、そのように疑うに足りる相当の理由が客観的に存在したか否か、また、その判断が合理的なものであったか否かは、疑問の残るところである。

しかしながら、警職法二条一項の職務質問の要件を欠く場合であっても、相手方が任意に応じている場合には、職務質問が当然に違法になるものではない。これを本件についてみると、前記認定のとおり、中澤ら警察官による職務質問が開始されて以後、第一審被告丙沢が現場に到着して任意同行に着手するまでの間において、第一審原告らは、すすんで職務質問に応じたものではなく、終始これを嫌忌する気持が強かったにしても、中澤らの求めに応じ、二度にわたり、進行を停めてA地点に引き返し、可能な範囲で中澤らの質問に答えていたものであり、その間には、第一審原告乙川が歩車道間のガードレール上に腰をかけてあくびをしながら対応したり、支援者の張替が船田と笑顔で言葉を交わすなどの光景もみられ、中澤ら警察官が強い心理的圧迫を加えて第一審原告らの意思を制圧するような振舞いに出たとも認められないから、その段階では、第一審原告らは不本意ながらも任意に職務質問に応じていたものと認めるのが相当である。したがって、中澤らによる職務質問の開始及び継続を違法とまでいうことはできない。

第一審原告らは、右職務質問が日本共産党に関する情報の収集又は弾圧の目的のために行われたもので違法であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

3  任意同行の違法性

警職法二条二項は、「その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。」と定める。右任意同行は、必ずしも相手方が自発的に応じる場合だけに限られるものではないけれども、あくまでも任意で行われるものである以上、相手方の自由を拘束し強制にわたるような有形力を行使して同行を求めることが許されないのは当然である。

本件の任意同行の態様をみると、前記認定によれば、第一審原告乙川は、A地点において中央署への同行を求められ、横尾と船田によって両腕をつかまれ、身体を持ち上げ運ぶようにしてイ地点付近まで移動させられたうえ、同地点に停車中の捜査用車両への乗車を促されたが、同原告がドアにしがみつき両腕をドア越しに前に出して車に入れられないように抵抗しているのに、横尾が自らの身体で同原告を車内に押し込むようにし、車中からは別の警察官が同原告のベルトをつかんで車の中へ引っ張るなどして乗車させ、中央署に連行したものである。また、第一審原告甲野についても、当初第一審原告乙川と同様イ地点の車両への乗車を促されて抵抗したため、中澤と小野谷に両腕をつかまれてロ地点の車両まで引っ張って移動させられ、車内に入れられようとしたが、これについても自分の体を動かすなどして抵抗すると、今度は、中澤らが左右両側から同原告の体を持ち上げるようにして二〇〇メートル近く離れた霊岸島交差点に停車中のパトカーまで引っ張っていき、同原告がドアにしがみつくなどして抵抗しているのに、右パトカー乗務の警察官二名も加わり、四人がかりで同原告の上半身を引っ張ったり足を持ち上げたりして横に寝かすようにして車内に運び入れ、中央署に連行したものである。第一審原告らは、この間、一貫して同行を強く拒んでいたことは明らかであり、その過程において前記のとおり傷害を負ったものである。このような状況に照らすと、第一審原告らは警察官の強制的な有形力の行使によりその意思に反して警察署への同行を強要されたものであり、この間における警察官の行為は任意同行を求める手段として許される限度を超えた違法な有形力の行使に該当するものというほかない。したがって、第一審原告らに対する任意同行は違法である。

そして、右のとおり違法な任意同行によって第一審原告らを中央署に連行したうえ、当日午後五時二〇分ころ解放するまで取調室内に留め置いて職務質問を継続した中澤らの行為は、同一目的のために連続して一体的に行われたものであり、第一審原告らが任意に右留め置きに応じたものでないことは同行時の状況からも明らかであるから、右留め置いた行為もまた違法な任意同行の延長として違法というほかない。留め置いた時間が三〇分ないし四〇分と比較的短いこと、その間に第一審原告乙川が中澤の求めに応じて所持品を任意に提出し、質問に対して若干の答えをしていることなどの事実があるからといって、その違法性が阻却されるものではない。

三第一審被告らの責任

原判決理由欄の三被告らの責任(原判決三一枚目表一〇行目から同裏九行目まで)に記載のとおりである。ただし、原判決三一枚目表一〇行目の「本件同行」の次に「及び中央署での留め置き」を加える。

第一審原告らは、第一審被告丙沢の行為は公務執行に名を借りて第一審原告らに害悪を加えるためのものであり、あたかも公務の体裁をとって私怨を晴らすのと異なるところがないから、同被告個人も民法上の不法行為責任を免れないと主張するが、本件における同被告の行為が右主張のようなものであったと認めるには足りない。

四第一審原告らの損害

1  前記認定事実によれば、第一審原告らは、昭和六〇年六月一六日午後四時半過ぎころから第一審被告丙沢ら警察官の違法な有形力の行使を受けて強制的に中央署に連行され、同日午後五時二〇分ころに解放されるまでの間中央署に留め置かれ、右連行の際の警察官の行為によりそれぞれ全治一週間を要する傷害を負い、肉体的、精神的苦痛を受けたことが認められるところ、違法行為の程度・態様その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、これを慰謝するには、第一審原告らそれぞれにつき三〇万円をもって相当と認める。

2  前記認定事実によれば、第一審原告乙川が着用していたベルト(<書証番号略>)が横尾ら警察官らによって強制的に中央署に連行される過程で毀損し、使用不能になったことが認められる。そして、前掲<書証番号略>により認められる右ベルトの古さ等を勘案すると、その時価は一〇〇〇円程度であると認められる。

第一審原告乙川は、警察官らに連行される過程で手帳を取り上げられ、解放時にも附属の住所録のみは返還されず、これにより同原告のプライバシーが侵害された旨主張し、たしかに警察官によって一時その手帳が取り上げられ保管されていたことは前記認定のとおりであるけれども、附属の住所録が警察官らによって取得されたと認めるに足りる証拠はなく、また、右手帳の警察官による一時保管により同原告のプライバシーが侵害されたことを認めるに足りる証拠もない。

3  第一審原告らが本件訴訟の提起、追行を第一審原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるから、本件事案の内容等にかんがみると、弁護士費用としては、第一審原告らにつき、それぞれ五万円をもって本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

五結論

以上によれば、第一審原告らの請求は、第一審被告東京都に対し、第一審原告甲野が三五万円、第一審原告乙川が三五万一〇〇〇円並びにこれらに対する不法行為の日である昭和六〇年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、第一審被告東京都に対するその余の請求及び第一審被告丙沢に対する請求はいずれも理由がなく棄却すべきである。

よって、第一審原告らの控訴に基づき、原判決中第一審被告東京都に支払を命じた部分を右のとおり変更することとし、第一審原告らのその余の控訴及び第一審被告東京都の控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官岩井俊 裁判官坂井満)

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